マリー・アントワネットの息子、ルイ・シャルルについて

マリー・アントワネットの息子、ルイシャルルという名前を聞いたことがあるでしょうか。

彼はマリー・アントワネットとルイ16世の第2王子であり、3番目の子供に当たります。

長男が病気で命を落としたため、父親であるルイ16世が国王となった後は王太子となりました。

このルイシャルルはどのような人生を送ったのでしょうか。

ここでは、マリー・アントワネットの息子、ルイシャルルの人生について解説します。

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フランス革命

フランス革命が起こった時、息子のルイシャルルはわずか7歳でした。

8月10日事件によって両親がタンプル塔に連れていかれる時、ルイシャルルは馬車から顔を出し、「間も許してあげて」と言っていたと言われています。

タンプル塔での生活は最初は恵まれていましたので、彼は衛兵の子供たちと遊ぶなどして両親を安心させました。

しかしルイ16世が処刑された後、ルイシャルルは一般民衆としての教育を施すという理由で母親のマリー・アントワネットから引き離され、靴屋に引き取られていったのです。

そしてこれはマリー・アントワネットを精神的に追い詰めるきっかけともなりました。

虐待

靴屋に引き取られたルイシャルルは徐々に虐待を受けるようになりました。

靴屋のシモンはルイシャルルを自分の召使いのように扱い、気を失うまで無理矢理お酒を飲ませたり、「ギロチンにかけるぞ」と脅したり、暴力は日常茶飯事だったと言われています。

その後、彼はタンプル塔のルイ16世が生活していた部屋に押し込められました。

彼は母親であるマリー・アントワネットや叔母のエリザベートが処刑されていたということを知りませんでした。

彼が閉じ込められていた部屋の壁には「ママ、あのね…」と書きかけのメッセージが残されているとも言われています。

また、たまに散歩を許されたときは1つ上の階にある母、マリー・アントワネットが閉じ込められていた部屋の前に花を置いたこともあったとされています。

わずか10歳で死亡

タンプル塔に閉じ込められたルイシャルルには室内用便器やおもちゃなども一切与えられず、またこの部屋の掃除は禁じられていました。

最初こそ、彼は与えられた水で部屋の掃除なども行っていましたが、徐々に栄養失調となり、さらにくる病となって動けなくなってしまったのです。

非衛生的な部屋で1日中寝たきりとなり、医師に発見されたことによって命が助かりました。

しかし、あまりにも衰弱してしまったことにより、彼は呼吸困難に陥ったのです。

医師がルイシャルルを抱きかかえた時、彼は深いため息をつき、そのまま短い生涯を終えました。

まとめ

いかがでしょうか。

フランス革命というとルイ16世やマリー・アントワネットが処刑されたというイメージを持つ人も多いかもしれませんが、実はその息子であるルイシャルルこそ革命の犠牲となり、悲しく短い人生を送った1人です。

彼は最後まで母であるマリー・アントワネットの死を知らなかったと言われています。

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