マリー・アントワネットとポリニャック夫人の関係について

マリー・アントワネットの取り巻きの一人である、ポリニャック夫人という名前を聞いたことがあるでしょうか。

彼女はベルサイユ宮殿でマリー・アントワネットが孤独な生活を送っていた時、良い理解者となった人物でした。

しかし彼女はフランス革命と同時に真っ先に国王夫妻を裏切る形で亡命してしまいます。

そんなポリニャック夫人とは一体どのような人物なのでしょうか。

ここではマリー・アントワネットとポリニャック夫人について解説します。

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ベルサイユ宮殿での出会い

ポリニャック夫人とは、マリー・アントワネットの取り巻きの一人であり、侯爵夫人でした。

大きな恩恵を受けていたため、周りからは「悪名高い」という評価を受けています。

嫁ぎ先のポリニャックがブルボン王家に代々使えているということで、マリー・アントワネットに近づいたのです。

そして彼女の寵愛を手に入れ、王家から様々な恩恵を受けることになったのです。

ポリニャック夫人に限らず、マリー・アントワネットの寵愛を目当てに彼女に近づいてくる人物は少なくはありませんでした。

プチ・トリアノン宮殿での生活

マリー・アントワネットの取り巻きとなったポリニャック夫人は、マリー・アントワネットが愛したプチ・トリアノン宮殿にも出入りするようになりました。

そしてランバル公妃に代わって、女官長の地位を手に入れました。

彼女はマリー・アントワネットとルイ16世の長女と次男、マリー・テレーズとルイ・シャルルらの養育係にもなったのです。

そのため彼らは尚更マリー・アントワネットたちの恩恵を受け、共にぜいたくな生活をしていました。

フランス革命がおこった後

フランス革命がおこると、ポリニャック夫人のみならず公爵夫妻は真っ先にスイスを経て、オーストリアに亡命しました。

取り巻きとしてマリー・アントワネットの寵愛を受け続けてきたポリニャック夫人は、決して彼女を助けることをしなかったのです。

ポリニャック夫人に限らず、多くの貴族たちが彼らを捨てて出て行きました。

最後までマリー・アントワネットを見捨てなかったのはルイ16世の妹であるエリザベートとランバル公妃だけだったのです。

ランバル公妃は九月虐殺で惨殺され、エリザベートもギロチンで処刑されました。

まとめ

いかがでしょうか。

マリー・アントワネットには取り巻きを含め、様々な友人がいました。

しかし、殆どの貴族は彼女を見捨てて亡命して行ってしまったのです。

ちなみにこのポリニャック夫人は亡命後、ウィーンにて急死しました。

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