マリー・アントワネットとデュバリーのかかわりについて

デュバリーという人物を知っているでしょうか。

彼女はもともと貴族というわけではありませんでしたが、ルイ15世の愛人としてベルサイユ宮殿に住んでいました。

そんな彼女は最終的にギロチンにかけられて処刑されてしまいますが、人当たりが良く、ベルサイユ宮殿の貴族たちには好かれていたと言われています。

そんなデュバリーはマリー・アントワネットとどんな関係を持っていたのでしょうか。

ここではマリー・アントワネットとデュバリーの関係について紹介します。

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ルイ15世の愛人

デュバリーはもともと身分が高いというわけではありませんでしたが、ルイ15世の愛人としてベルサイユ宮殿で生活をしていたのです。

しかし、妾や愛人が嫌いなマリアテレジアの影響を受けて育ったマリー・アントワネットはこのデュバリーの存在を許すことができませんでした。

本来ならば身分が高いものから低いものに話しかけなければいけないため、マリー・アントワネットからデュバリーに話しかけるのが筋でしたが、そんな事情によりマリー・アントワネットはなかなか話しかけることをしなかったのです。

ルイ15世を否定することになる?

しかし、いくら愛人であったとしても相手はフランス国王であるルイ15世の愛人であるわけですから、彼女を否定するという事はルイ15世を否定することになります。

そのため、ルイ15世は自分の愛人に挨拶をしないマリー・アントワネットのことをよく思わないようになったのです。

夫であるオーギュストや側近たちに促され、マリー・アントワネットはデュバリーに「今日は良い天気ですね」と話しかけました。

しかし、彼女はそれ以降デュバリーに話しかける事はなかったと言われています。

ルイ15世の死後

いくらベルサイユ宮殿で生活をすることができていたとは言え、彼女はルイ15世の愛人です。

つまり、ルイ15世が死亡した後はお役御免ということになります。

ルイ15世が天然痘にかかった時、デュバリーは積極的に手当てをしていましたが、最終的にはルイ15世に近寄らないようにと言われ、追放という形で追い出されました。

その後も有力者の愛人として華やかな生活をしますが、フランス革命が始まったことによりイギリスに亡命し、何かをきっかけとしてフランスに帰国した時、捕まってギロチンにかけられたのです。

なぜ危険を犯して帰国したのかは定かではありませんが、フランスに残していた宝石を取りに来るのが目的だったとも言われています。

ギロチンにかけられる時、彼女は泣いて命乞いをしました。

その時の死刑執行人は、ギロチンにかけられた人々がもしも彼女のように命乞いをしていたら、そこまで多くの人が殺害されなかったのではないかと述べています。

まとめ

いかがでしょうか。

マリー・アントワネットとデュバリーは決して良い関係を築いていたわけではありません。

しかし、外交的には問題のないような関係を維持していたと考えられているのです。

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