マリー・アントワネットとルイ16世の夫婦仲とは

マリー・アントワネットの夫婦仲とは一体どのようなものだったのでしょうか。

マリー・アントワネットの夫と言えば、フランス革命の際に彼女とともに処刑されたルイ16歳です。

彼女は14歳の時に祖国オーストリアからフランスに嫁ぎました。

ベルサイユ宮殿で生活し、30代のうちにフランス革命でギロチンにかけられて処刑されました。

そんな彼女の夫婦仲はどうだったのでしょう。

ここではマリー・アントワネットとルイ16世の夫婦仲について解説します。

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孤独な結婚生活

マリー・アントワネットが結婚した時、彼女は14歳、当時まだ王太子であったルイ・オーギュストは16歳でした。

当時はこのような年齢での結婚は当たり前の事でしたが、オーストリアからフランスという違う国に嫁ぎ、フランス語という違う言語で生活しなければいけなかったマリー・アントワネットの結婚生活は孤独だったと言われています。

特にオーギュストは狩りが好きで無口でしたが、マリー・アントワネットは社交的な性格でした。

2人はなかなか生活時間も合わず、特に子供は結婚してから7年経つまでできなかったのです。

特に子孫である子供に関しては母親であるマリアテレジアからも心配されるほどでした。

子供ができてから

待望の子供が生まれてからは、マリー・アントワネットの生活も落ち着いてきたと言われています。

それまでは寂しさを紛らわせるために仮面舞踏会に通ったり、毎日のようにパーティーをしていましたが、子供が生まれてからは良い母として教育に携わっていたと言われています。

また、ルイ16世も良い父として生活していました。

子供ができてからが夫婦仲は非常に良く、2人はよく話をし、笑あったといわれているのです。

これはフランス革命が勃発した後も同様で、ルイ16世がマリー・アントワネットに子供を連れて逃げるようにと指示した時、マリー・アントワネットは家族で一緒にいることを望みました。

処刑の前

マリー・アントワネットたちがタンプル塔に幽閉された直後は家族で揃っていることができましたが、最後ではルイ16世だけ違う部屋に入れられ、夫婦は別々に生活しなければいけませんでした。

しかし、最後の最後まで2人は夫婦仲を尊重し、ルイ16世が処刑される直前までマリー・アントワネットは良い妻として夫を支えたと言われています。

マリー・アントワネット自身は処刑場に連れていかれる前、ルイ16世の妹に宛てて手紙を書きました。

役人に託されたこの手紙は本人には届けられる事はありませんでしたが、最後の最後までマリー・アントワネットは夫と子供たちのことを考えていたとされています。

まとめ

いかがでしょうか。

マリー・アントワネットとルイ16世の夫婦仲は最初こそうまくいきませんでしたが、徐々に良くなっていったと考えられます。

それは最初は悪かったのではなく、若いふたりがどうすれば良いのか分からず、なかなか歩み寄れなかったと言っても良いかもしれません。

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