マリー・アントワネットはベルサイユ宮殿でどのような生活をしていたのか

マリー・アントワネットはベルサイユ宮殿でどのような生活をしていたのでしょうか。

彼女はオーストリアの女帝、マリアテレジアの末娘として生まれ、14歳の時にフランスの王太子、後にルイ16世となる人物、ルイ・オーギュストと結婚しました。

14歳でオーストリアからフランスに嫁いだマリー・アントワネットは、ベルサイユ宮殿でどのように生活をしたのでしょう。

ここでは、彼女のベルサイユ宮殿における生活について解説します。

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孤独な毎日

14歳で異国の地に嫁いだマリー・アントワネットは、最初はベルサイユ宮殿で孤独な日々を送っていたと言われています。

オーストリアとフランスでは習慣も違いますし、またベルサイユ宮殿では例えば王家の食事風景が一般公開されていたり、朝起きたときにどのようにマリー・アントワネットに下着を手渡すかということに細かいルールがあったりなど、しきたりや習慣がたくさんあったのです。

後にマリー・アントワネットはそれらの習慣を廃止しますが、これらはフランスの貴族にとってはプライドのある重要なものでした。

そのため、それらについていけないマリー・アントワネットは戸惑ったと言われています。

うまくいかない結婚生活

マリー・アントワネットがフランスに嫁ぎ、まもなくルイ15世がなくなったことによってマリー・アントワネットの夫はルイ16世となり、マリー・アントワネットはフランス王妃となったのです。

しかし彼らの結婚生活はなかなかうまくいきませんでした。

2人は仲は良かったと言われていますが、特に性生活は母マリアテレジアから手紙で心配されるほどうまくいかず、子供を設けるまでに7年かかったとされています。

ルイ16世はどちらかと言うと無口で狩りが好きなタイプでしたが、マリー・アントワネットは社交的でした。

そのため性格もなかなか合わなかったと言われています。

結婚生活もうまくいかず、習慣も違うベルサイユ宮殿でマリー・アントワネットはそれなりに苦労したと言えるでしょう。

おしゃれに没頭

そんな寂しさを紛らわせるため、マリー・アントワネットはベルサイユ宮殿においておしゃれに没頭するようになりました。

これが後に平民たちを怒らせ、フランス革命を引き起こしてしまう理由になるのですが、彼女は毎日のように新しいドレスや靴、髪飾りなどを作らせ、おしゃれをしていたのです。

仮面舞踏会などに出かけてパーティーを楽しみ、そこで後に愛人となり、彼らの逃亡を手助けすることになるフェルセンと言う人物に出会います。

この頃、髪飾りを大きくすると言うことが流行していました。

マリー・アントワネットは髪の毛の上に大きな船の形の髪飾りをのせ、おしゃれしていたと言われています。

まとめ

いかがでしょうか。

マリー・アントワネットのベルサイユ宮殿での生活は決して楽しいことばかりではありませんでした。

14歳で違う国に嫁ぎ、慣れないことばかりの中で生活をしてきたマリー・アントワネットですが、もしも彼女に関心を示し、彼女が孤独ばかりを感じなくて済むようだったら、歴史は違っていたかも知れませんね。

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