マリー・アントワネットの最後の言葉は何だったのか

マリー・アントワネットの最後の言葉とは一体何だったのでしょうか。

彼女に死刑判決が下った時はすでに夫であるルイ16世も処刑されており、この世にはいませんでした。

死刑判決が下り、刑場であるコンコルド広場に連れていかれる前、彼女はルイ16世の妹であるエリザベートに手紙を書いています。

できることならエリザベートや子供たちをこの腕に抱きしめたい、と涙ながらに書いた手紙はコンコルド広場に向かう前に役人に託されましたが、エリザベート本人の手に渡る事はありませんでした。

そんな彼女の最後の言葉とは何だったのでしょう。

ここでは、マリー・アントワネットの最後の言葉について解説します。

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コンコルド広場への引き回し

死刑判決が降りた後、彼女は牢獄に戻り、先ほど述べたようにエリザベートに向けて手紙を書きました。

白装束に着替え、髪の毛を短く切られました。

そして家畜用の場所に乗せられ、後ろ手に縛られた状態で街中を引き回され、刑場であるコンコルド広場に向かったのです。

周りからはオーストリア女、裏切り者、などと罵声を浴びせられ、彼女は一体どのような思いだったのでしょうか。

彼女自身は「自分が無実の罪で死んでいく」「この死刑判決は恥ずかしいものではない」と考えていたと言われています。

最後の言葉

家畜用の場所から降り、マリー・アントワネットの目の前にそびえ立ったのは大きなギロチン台でした。

ギロチンというものは一瞬で首を切り落とすことができるということで人道的な処刑装置だと考えられてきましたが、その大きな刃には迫力がありました。

マリー・アントワネットは堂々と階段を登ろうとしましたが、もともと心身ともに弱っていた彼女は役人の足を踏んでしまったのです。

しかし、彼女は自分を処刑しようとする役人の足を踏んだにもかかわらず、「お許しください、わざとでは無いのです」と品の良い言葉を投げかけたと言われています。

これが彼女の最後の言葉として知られています。

育ちが良いマリー・アントワネット

誰が自分を処刑しようとする人間の足を踏んで、品の良い謝罪の言葉をかけることができるでしょうか。

例えば、マリー・アントワネットとルイ16世の長女であるマリー・テレーズはマリー・アントワネットとルイ16世の4人の子供の中で唯一天寿を全うしましたが、彼女は父親であるルイ16世の処刑に賛成したナポレオンのことを一生許さなかったと言われています。

ナポレオンのことを犯罪者と呼び、面会も拒否してきました。

また、マリー・アントワネットにとって末っ子であるルイ・シャルルはルイ16世が処刑された後、母親から引き離され、靴屋に引き取られましたが虐待されて病死しました。

息子がこのような目にあったという事はマリー・アントワネットは知りませんが、それでも自分から息子を引き離した革命派、そして自分を殺そうとしている役人に対してこのような丁寧な言葉を投げかけたマリー・アントワネットはやはり育ちが良かったと考えられるのです。

まとめ

いかがでしょうか。

マリー・アントワネットの最後の言葉は世界的にも有名です。

彼女は潔く死刑判決を受け、ギロチンで処刑されました。

オーストリアからフランスに嫁ぎ、革命に散った悲劇の王妃として知られているのです。

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