マリー・アントワネットと音楽家とのかかわりとは

マリー・アントワネットには、誰もが知る偉大な音楽家との可愛らしいエピソードがあるということを知っているでしょうか。

実はマリー・アントワネットは、あのモーツアルトと1歳違いなのです。

幼い時より才覚を現しつつあったモーツアルトは、6歳の時に神聖ローマ帝国の宮廷に招かれました。

そこで、同じような年齢のお姫さまであったマリー・アントワネット、当時のマリア・アントニアに出会っているのです。

ここではそんなマリー・アントワネットと音楽家のエピソードについて解説します。

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モーツアルトとは

フィガロの結婚などで知られているウィー古典派三大巨匠のひとりと言われる音楽家、モーツアルトは当時オーストリアの都市であったザルツブルクに生まれました。

今でこそオーストリアですが、当時は神聖ローマ帝国に属する地域だったのです。

7に番目の子供として生まれましたが、うち5人は幼少期に死亡したため、モーツアルトには姉のマリア・アンナがいたという2人兄弟のように記述されていることもあります。

父親のレオポルトに才能を見出され、音楽教育を施されました。

シェーンブルン宮殿へ

幼い頃からその音楽の才能を開花させたため、モーツアルトのセンスはシェーンブルン宮殿に住むマリア・テレジアの下にも届きました。

そこでマリア・テレジアはモーツアルトを招待し、ピアノの疲労をさせたのです。

その時、まだ緊張したのか幼いモーツアルトは床で滑って転んでしまいました。

すると7歳の王女、マリア・アントニアはモーツアルトに駆け寄り、その手を取って起き上がるのを手伝ったとされています。

そして、モーツアルトはマリア・アントニアに「ありがとう、大きくなったら僕のお嫁さんにしてあげる」と言ったという逸話があります。

もちろんモーツアルトの身分は決して高いものではなく、これはあり得ない話なのですが、可愛らしい子ども同士の会話であるとして今でも親しまれています。

マリー・アントワネットの結婚

7歳という年齢で後の偉大な音楽家、モーツアルトからプロポーズをされたマリー・アントワネットですが、実際は14歳で後にフランス国王となるルイ・オーギュストと結婚しました。

当時2000人以上が生活していたベルサイユ宮殿で孤独を感じ、その寂しさを紛らわせるためにおしゃれに没頭し、フランスの財政を傾けてしまったとも言われています。

オーギュストは無口で狩りが好きでしたが、マリー・アントワネットは社交的でした。

性格もあまり合わず、特になかなか子どもができなかったことに関しては祖国の母、マリア・テレジアからも心配されるほどでした。

その浪費からフランス革命を引き起こした張本人化のように言われますが、政略結婚で選択の余地なくフランスに嫁がされた若い王妃は、次代が違えばもしかしたら違う運命をたどっていたかもしれませんね。

まとめ

いかがでしょうか。

マリー・アントワネットはあの偉大な音楽家、モーツアルトからプロポーズを受けていたのです。

そしてマリー・アントワネットもそれを承諾していました。

ただの可愛らしい逸話にすぎませんが、悲劇の王妃として知られるマリー・アントワネットにはそのような一面もあったのです。

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