マリー・アントワネットの娘はどのような人生を送ったのか

マリー・アントワネットの娘はどのような人生を送ったのでしょうか。

マリー・アントワネットとルイ16世の間には2人の娘がいました。

二人の間には4人の子供がおり、最初と最後が女の子だったのです。

しかし末娘はフランス革命の最中に生まれ、その頃には民衆たちの怒りがフランス王家に向かっていたこともあり、その誕生は誰にも祝われることがなかったと言われています。

それならば、長女はどのような人生を送ったのでしょうか。

ここでは唯一天寿を全うした長女である娘について解説します。

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マリー・テレーズ

マリー・アントワネットとルイ16世の子供で唯一フランス革命を生き延びた娘がマリー・テレーズです。

マリー・アントワネットとルイ16世と共にテュイルリー宮殿に幽閉されましたが、8月10日事件の後は家族でタンプル塔に監禁されました。

父であるルイ16世と母であるマリー・アントワネット、叔母のエリザベートがギロチンで処刑されたため、彼女は2年近く一人で換金されていたと言われています。

階下に幽閉されていた病気の弟、ルイ・シャルルの泣き声が良く聞こえてきたため、国民公会にルイ・シャルルの治療をするようにとよく手紙を送りました。

亡命生活

ロベスピエールが処刑された恐怖政治が終わったら、待遇が良くなりました。

フランス国民の中にも捕らわれたマリー・テレーズに同情的な人が増えていったとされています。

その後ウィーン宮廷に亡命しましたが、彼女はフランツ2世に厳しく監視されました。

そのため、マリー・テレーズはレモンの果汁で手紙を書くなど、細心の注意を払っていたとされています。

ナポレオンへの対応

マリー・テレーズが亡命し、少しずつ落ち着きを取り戻した頃はナポレオンがウィーンに進軍してくるころでした。

ナポレオンはマリー・テレーズにとって父であるシャルル16世の処刑に賛成した人物であるため、彼女は面会さえも許さず、心を許すことがありませんでした。

また、マリー・テレーズは結婚してから13年後に解任しましたが、流産してしまったために子供に恵まれることはありませんでした。

まとめ

いかがでしょうか。

決して幸せだったとは言えませんが、マリー・テレーズは唯一フランス革命を生き延びた娘と言えます。

ちなみにフランス革命を同じく生き延びたルイ・シャルルは虐待され、病気になった末、10歳という短い生涯を閉じました。

医師に抱っこされた後、長い溜息をついて命を落としたのです。

フランス革命と言うとギロチンで処刑された人ばかりを思い浮かべる人もいるかもしれませんが、彼こそフランス革命の犠牲になった一人と言えるかもしれませんね。

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